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二枚の尾ヒレを持った『セイレーン』
(セイレーン[イタリア語ではスィレーナまたはシレーナ]=ギリシャ神話に登場する半身半魚の海の精、シチリア島近海に住むとされていた)
あれは1950年代の事でした。まだ冒険を夢見る少年だった私は、しばしば探検の夢想に突き動かされてわが家の果樹園へと出かけて行ったものでした。
それは4月のある一日の事。この小さな冒険家は、私どもの農園で働いている大変に年老いた農夫のもとを訪ねて行きました。老人の名前はドン・ニーノといい、私は彼のそばにいるのが大好きでした。彼はシチリアのお年寄り達がそうする様に、格言や箴言と共に昔々の事柄を語って聞かせては、サン・ジュゼッペ農地に生えているオリーヴの木々の声や植物の言葉といったものまで私に見いださせてくれたものでした。そこには本当に多くの木々が、それも幾世紀も生き続けてきた美しく、私の目には巨人のようにも見え、そしてしがみつこうにも腕が廻りきらない程の幹を持った高くて大きなたくさんの木々があったものです。ドン・ニーノじいさんは全ての木々に名前をつけており、それぞれの名前を覚えていて、そして私には「どの年にどの木がどれ程の収穫高をあげ、どの木から良いオリーヴの実とオイルが穫れたか」まで話して聞かせてくれました。
さて春を告げるかのようなその4月の一日、ゼフィールス(西からの季節風)が心地よくもやや強く大地を吹き抜けるシチリアの一日、私達は桑の木の根元に腰を下ろしていました。大きな影を造る葉のよく茂ったこの木の下は、ドン・ニーノじいさんの大家族全員が強い日射しを避けて一時のシエスタ(午睡)を楽しむお気に入りの場所なのです。そんな快適なこの場所からは、シチリアの海岸とエオリエ諸島を隔てる紺碧の海が見渡せるのでした。私達はヴルカーノ島やリパリ島、サリーナ島の二つの火山の頂上、そしてさらに遠くにあるパナレーア島、さらにストロンボリ島、フィリクディ島を眺めていました。そしてこれらの島々にあたかも触る事ができるのでは無いかと思われる程に、その時空気は澄み切っていたのでした。彼は大好きな昔話に夢中になりながらも、チョッキのポケットに右手を突っ込んでは親指と人差し指でタバコを一掴みつまんで、ほとんど無意識にシャンクが竹でできたパイプの先にあるテッラコッタの火皿に詰めていました。このパイプは一度煙りを吸い込むと火が消えてしまうので、彼はさして注意も払わずにいつもの慣れた手つきでマッチでまた火をつけます。そうこうしながらも彼は様々な人々のエピソード、彼の幼少時代にまつわる思い出話、木々や植物の事などを語りながら、時間はあっと言う間に過ぎて行きました。特に私がこれからいかにして植物の手入れすれば良いか、出来る事なら彼らの友達になって、自分の為に生産活動をしてくれるものたちを大切にするべきかといったアドヴァイスなども受けたものでした。
さてドン・ニーノじいさんが声に拍子をつけて話しているうちに風もしだいに強くなってきたのですが、いよいよ雲が低くなって一層冷たい風が激しく吹きつけ始めました。海も突然の様に水色から緑色へ、そして泡立つ白っぽい色へと表情を変えていきます。この北西から吹き付けてくる地中海特有の風はミストラル(イタリア語はマエストラーレ)と呼ばれていて、それがさらに強く、どんどん激しく吹き荒れては海をより一層波立たせました。私達は、みるみる寄せてきては高くなり、ひとしきりうねっては低くなり、波また波となって打ち寄せる海を見ておりましたが、冷たい北西風に絶えず掻き回されては暴れまくるので、その表面はほとんど白い色となっていました。さてその時、回転木馬さながらに目まぐるしく上がったり下がったりする山の様な盛り上がりの中で、ひととき海はその白い波間に光り輝く滑らかな背を見せて、そこに私達が見た物はある女の姿形をした不思議な影でした。それは人の形をして、背筋を延ばして一番高い波に跨がり、2枚のヒレで自由自在に波間を行き来していました。そう、それこそ2枚の尾ヒレを持つセイレーンだったのです。
ドン・ニーノじいさんは、「長い人生の中で以前にこの美しいセイレーンを見たのは、たった一度、それは小さな子供の時だった。」と私に語りました。そしてこの二枚の尾ヒレを持ったセイレーンは、私の幼心に深く刻み付けられました。私は実際に起こったこの出来事をなんとか世界中の人々に伝えたいと考え、私が品質を誇りますエキストラヴァージン・オリーヴオイル【ヴァザーリ・シチリア・コレクション】のラベルに再現したのです。
なかなか神秘的なお話だと思いました。
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